毒吐くロクデナシの独白

鬱憤を文字に起こす事で発散している男の独白です。

幼年の日の思い出 

5歳の頃、俺は毎週日曜日、母に連れられて家の裏手にある教会へ通っていた。信仰のためではなく、礼拝の後に牧師様によって開かれる、無料の英語教室が目当てだった。

 

牧師様は名をマスクといって、縦にも横にも尋常じゃなくでかいおじさんだった。そのシルエットは限りなく球体に近く、俺は彼の名前をマスクメロンに紐付けて覚えた。(当時から俺はメロンが大好きだったから。)

 

マスク先生はとにかく優しかった。体型と同じく人柄も丸かった。常に笑顔を振り撒き、俺が描いた歪な"仮面ライダーベルデ"を絶賛して教室に貼り、俺が6歳になった時にはジープのラジコンカーをプレゼントしてくれた。

 

いつしか俺はマスクと聞くと、大好物のメロンより先に、優しいマスク先生を思い浮かべるようになった。毎週日曜日が楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 

 

マスク先生との別れはあまりに突然だった。ある日の日曜日、彼は唐突に、一身上の都合で本国(イギリス)に帰らなければならなくなったので、日曜学校は今日で最後になると切り出した。

そして臨時の牧師様を呼ぶこともなく、帰国に際して教会も畳むと聞いて、「あぁ、マスク先生はイギリスに行ったきり、もうずっと帰ってこないんだ」と思った。

 

その日の授業の終わり、彼は生徒一人一人に、前もって用意していたであろうメッセージカードを渡した。丁寧に英語と日本語で感謝の意が述べられていた。英文の方はMay we meet againで締め括られていたのを良く覚えている。彼がいつも授業の終わりに言う口癖だったからだ。

 

 

 

 

彼が去ってから暫くの間、俺は幼稚園から帰る車中、窓越しに閉鎖された教会を眺めていたが、いつしかそれもしなくなった。毎日が新しいことの連続だった当時の俺にとって、マスク先生との思い出が薄れていってしまうのは至極当たり前のことだった。

 

 

 

 

 

それからまた数ヶ月ほど経ったある日、いつものように幼稚園から帰る車に揺られていると、母が家の近くの銀行に寄ると言った。ラジオ番組に聞き入っていた俺は、車の中で母の帰りを待つことにした。

 

 

数分が経っただろうか。隣のレーンに白いワンボックスが停まった。訝しむことでも無いが、数分経っても車の主が降りてくる気配がしないので、何気なく運転席を一瞥して俺は目を剥いた。そこに居たのは、本国に帰ったはずのマスク先生だったのだ。

 

 

帰国したはずの彼が北海道の片田舎にいることに対する疑問よりも、彼に再会できた喜びが溢れた俺は、窓を叩いて彼に合図した。

 

が、刹那。俺はすぐにその手を止めた。彼の表情が怒りに震えていたからだ。眉間に皺を寄せ、頬を紅潮させ、熟れた赤肉メロンのようになった彼は、何かぶつぶつと呟きながらハンドルを掌で激しく叩いていた。

 

あんなに彼を好きだったのに、俺は咄嗟に彼に気づかれてはいけないと思い、ひたすらにラジオの方に目を向けていた。陽気なパーソナリティの声をかき消すように、マスクがドアを乱暴に開け閉めする音が鈍く響いた。ちらりと前方に目をやると、彼が何か叫びながら銀行の入り口へ向かっていくのが見えた。誰かを強く罵るような語調だった。

 

 

 

何故本国に帰ったはずの男がまだ北海道にいるのか、それなら何故教会に戻ってこないのか、彼は何に対して怒り狂っていたのか。消化しきれない疑問を一度に提示されて、脳が処理落ちしているところに母が帰ってきた。

 

母は普段通りだったので、彼に気付かなかったのだろう。僕は今見た光景を黙っておくことにした。

その方が良い気がした。

 

それきり彼を見かけることは無かった。彼の屈託ない笑顔が放つマスクメロンのような甘美さは、彼が被っていたマスクに過ぎなかったと僕に教えたきり。本当にそれきり。

 

 

最近マスクという単語が生活に密接になったせいでよく彼のことを思い出す。彼がそうだったように、凛々しい目付きをして道行く男も、楽しそうに手を叩いて笑う女も本当は、なんて考えてしまう。

 

かくいう俺も会社じゃマスクで口元隠れてるの良いことに目元と声だけで上司に愛想良い感じに取り繕ってたわ。老害の相手をしなきゃいけない時も、理不尽な目に合った時も、ね。

 

 

あれ、俺ってほんとはどんな奴だっけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の中の彼とファッションの話

「男の魅力ってのは足元からだよ」

 

東野圭吾原作の『シャレードがいっぱい』という短編ドラマで、妻夫木聡演じる男が言い放った言葉だ。

 

 

彼の出演シーンはほんの数分で、台詞自体も多くなかったが、その一言だけは当時、ファッションはおろか、その日の寝癖にすら無頓着だった中坊の俺の心に刻まれた。

 

 

刑事は足で稼ぐというように、彼の靴もまた、彼の生き様を体現していたように感じて、そこに食らったのだ。

 

 

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年月が経ち、いつしか俺も、あの頃の彼のようにファッションにどっぷり浸かるようになった。

 

 

手に入れた金の大半をファッションに費やし、自己満足の沼の底へ潜って行った。

 

 

ろくに考えを持たずに大学生活をダラダラと過ごしてきた俺は、ありとあらゆる手を使い、未来から逃げた。男としてのプライドもへったくれもない。

 

 

俺はいつの間にか、あの日憧れた彼を忘れていたのだ。

 

 

逃避行も限界を迎え、俺は服飾リサイクルショップの『トレジャーファクトリー』で働くことになった。

 

 

良い人の仮面を被った面接官の甘い誘惑に唆され、ホイホイついていった結果である。

 

 

『トレファク』は

 

2文字で表すと「地獄」 

3文字だったら「蟻地獄」

4文字であれば「生き地獄」

 

 

それくらい劣悪な労働環境であった。

 

 

チームプレイが重んじられる環境だが関係性は希薄。長年チームを支えたパートですら、なんの躊躇いもなくLINEグループを退会させられる。そしてそのことをチームで共有すらしない店長。

 

 

チームメンバーへの「お疲れ様」より自分への「疲れた」が先に出る、そんな地獄だった。

 

 

メンバーたちは揃って「ファッションに興味がなくなった。」と口にした。過酷な労働を産むファッションはいつしか、彼らの中で癒しから憎むべきモノへと変わっていたのだ。

 

 

ある時ふと、先輩の足元に目が行った。先輩の自慢のオールドスクールは爪先が破け、くたびれたカラシ色の靴下が顔を覗かせていた。

 

 

見上げた先輩の表情には生気がなく、とても自身の"足元"を誇っているようには見えなかった。

 

 

その瞬間、彼の存在が脳裏を駆け巡った。

実に10年越しに俺の脳内に現れた彼は、

 

 

「これがお前が望んだ生き様か?」

 

 

そう語りかけてきた気がした。

 

 

俺は翌日半ばバックレのような形で会社を辞めた。

『トレファク』で働いていて一番嬉しかった瞬間だ。皮肉な事に、退職こそが俺のトレジャーだったのだ。

 

 

更に月日が経ち、現在。俺は運良く職を変え、生きている。相変わらず沼の底に潜り続ける俺の手元は、新品の靴で溢れている。

 

 

こいつらがどんな変化をして、俺の生き様となってくれるかが今から楽しみだ。

 

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そうそう、シャレードの意味は「言葉に頼らず、何かを表現すること」だそうな。

 

 

俺はこの靴達一足一足が、俺のシャレードになることを願っている。

 

 

いつの日か、「俺の人生には『シャレードがいっぱい』なんだ」って自慢したいもんだ。

 

 

そういえば俺、顔面診断アプリで80%超えで妻夫木聡と同じって出るんだよ。

 

 

え?全然似てねーだろ殺すぞって?

 

 

これも1つのシャレードだからな。俺は『シャレードがいっぱい』になりたいだけなんだから、そう怒るなよ。