「男の魅力ってのは足元からだよ」
東野圭吾原作の『シャレードがいっぱい』という短編ドラマで、妻夫木聡演じる男が言い放った言葉だ。
彼の出演シーンはほんの数分で、台詞自体も多くなかったが、その一言だけは当時、ファッションはおろか、その日の寝癖にすら無頓着だった中坊の俺の心に刻まれた。
刑事は足で稼ぐというように、彼の靴もまた、彼の生き様を体現していたように感じて、そこに食らったのだ。
年月が経ち、いつしか俺も、あの頃の彼のようにファッションにどっぷり浸かるようになった。
手に入れた金の大半をファッションに費やし、自己満足の沼の底へ潜って行った。
ろくに考えを持たずに大学生活をダラダラと過ごしてきた俺は、ありとあらゆる手を使い、未来から逃げた。男としてのプライドもへったくれもない。
俺はいつの間にか、あの日憧れた彼を忘れていたのだ。
逃避行も限界を迎え、俺は服飾リサイクルショップの『トレジャーファクトリー』で働くことになった。
良い人の仮面を被った面接官の甘い誘惑に唆され、ホイホイついていった結果である。
『トレファク』は
2文字で表すと「地獄」
3文字だったら「蟻地獄」
4文字であれば「生き地獄」
それくらい劣悪な労働環境であった。
チームプレイが重んじられる環境だが関係性は希薄。長年チームを支えたパートですら、なんの躊躇いもなくLINEグループを退会させられる。そしてそのことをチームで共有すらしない店長。
チームメンバーへの「お疲れ様」より自分への「疲れた」が先に出る、そんな地獄だった。
メンバーたちは揃って「ファッションに興味がなくなった。」と口にした。過酷な労働を産むファッションはいつしか、彼らの中で癒しから憎むべきモノへと変わっていたのだ。
ある時ふと、先輩の足元に目が行った。先輩の自慢のオールドスクールは爪先が破け、くたびれたカラシ色の靴下が顔を覗かせていた。
見上げた先輩の表情には生気がなく、とても自身の"足元"を誇っているようには見えなかった。
その瞬間、彼の存在が脳裏を駆け巡った。
実に10年越しに俺の脳内に現れた彼は、
「これがお前が望んだ生き様か?」
そう語りかけてきた気がした。
俺は翌日半ばバックレのような形で会社を辞めた。
『トレファク』で働いていて一番嬉しかった瞬間だ。皮肉な事に、退職こそが俺のトレジャーだったのだ。
更に月日が経ち、現在。俺は運良く職を変え、生きている。相変わらず沼の底に潜り続ける俺の手元は、新品の靴で溢れている。
こいつらがどんな変化をして、俺の生き様となってくれるかが今から楽しみだ。
そうそう、シャレードの意味は「言葉に頼らず、何かを表現すること」だそうな。
俺はこの靴達一足一足が、俺のシャレードになることを願っている。
いつの日か、「俺の人生には『シャレードがいっぱい』なんだ」って自慢したいもんだ。
そういえば俺、顔面診断アプリで80%超えで妻夫木聡と同じって出るんだよ。
え?全然似てねーだろ殺すぞって?
これも1つのシャレードだからな。俺は『シャレードがいっぱい』になりたいだけなんだから、そう怒るなよ。